~「動くこと」は、脳の回路を守る「第二の薬」~
こんにちは。 前回は、お薬で脳内のドパミンを一定に保つこと(CDS)の大切さをお話ししました。 車に例えるなら、**「しっかりとガソリンが補充された状態」**ですね。
では、ガソリンを入れたら、次は何をしますか? そう、エンジンをかけて、車を走らせる必要があります。それが今回テーマとする**「運動(リハビリテーション)」**です。
実は、近年の研究で、運動にはお薬と同じくらい、あるいはそれ以上の重要な効果があることが分かってきました。今日はその理由と、無理なく続けるコツをお伝えします。
1. なぜ運動が「治療」になるの?(エビデンス)
「パーキンソン病になると動けなくなるから、なるべく安静にしていた方が良い」 これは、大昔前の古い常識です。
現在の医学では、真逆のことが分かっています。
【医学的なエビデンス】
脳には、ダメージを受けても、新しい神経回路を作って機能を回復させようとする力(神経可塑性と言います)があります。 適切な運動は、この脳の「自己回復力」を刺激し、ドパミン神経細胞を守ったり、病気の進行を遅らせたりする可能性が多くの研究で示唆されています。
つまり、運動は単に筋肉を鍛えるだけでなく、脳そのものに直接働きかける治療なのです。 逆に、動かないでいると、脳は「この回路は使わないんだな」と判断し、体の機能はどんどん錆びついてしまいます(廃用症候群)。
お薬が「動くための準備」なら、運動は「その準備を活かして、脳と体の機能を維持・向上させる実践」です。 この2つはセットで初めて効果を発揮します。
2. どんな運動をすればいいの?(3つのメニュー)
「運動」といっても、激しいスポーツジムに通う必要はありません。大切なのは、以下の3つの要素をバランスよく取り入れることです。
① 有酸素運動(心肺機能を高める)
【おすすめ:ウォーキング、エアロバイク】 少し息が弾む程度のリズム運動は、脳への血流を増やし、神経を守る物質(栄養因子)を増やすと言われています。
- コツ: いつもより少し「大股」で、腕をしっかり振って歩くことを意識しましょう。好きな音楽のリズムに合わせて歩くのも効果的です。
② 筋力トレーニング(体を支える力をつける)
【おすすめ:スクワット、かかと上げ】 パーキンソン病では、姿勢を保つ筋肉が弱くなりがちです。特に足腰の筋肉を維持することは、転倒予防に直結します。
- コツ: 椅子の背もたれなどに掴まって安全を確保し、「ゆっくり」行うのがポイントです。
③ ストレッチ・バランス訓練(柔軟性とバランス)
【おすすめ:ラジオ体操、太極拳、ストレッチ】 体がこわばり(固縮)やすくなるため、筋肉を意識的に伸ばすことが大切です。特に猫背になりやすいので、胸を開くストレッチを心がけましょう。

3. 続けるための「魔法の言葉」
運動が体に良いことは分かっていても、続けるのは難しいですよね。 三日坊主にならないためのポイントは、**「頑張りすぎないこと」**です。
- 「1日5分でもOK」 まとめてやらなくても大丈夫です。CMの間だけ、お湯を沸かしている間だけ、といった「隙間時間」を活用しましょう。
- 「ながら運動」のすすめ 歯磨きをしながらスクワット、テレビを見ながら足踏み。これならわざわざ時間を作る必要がありません。
- 「ONの時間」に動く これが鉄則です。お薬が効いて体が動かしやすい時間帯(ONの時間)に運動しましょう。薬が切れて動きづらい時(OFFの時間)に無理をすると、転倒の危険があります。
今日のまとめ
- 認識を変える: 運動は「疲れさせるもの」ではなく、**「脳の回路を守る治療」**である。
- 内容: 「有酸素運動」「筋トレ」「ストレッチ」の3つをバランスよく。
- 継続のコツ: 完璧を目指さない。「ONの時間」に、暮らしの中で「ながら運動」を。
運動は、誰かにやってもらう治療ではなく、**「あなたが自分自身に提供できる最高の治療」**です。 今日から、いつもより少しだけ大股で歩いてみませんか? その一歩が、あなたの脳を守る大きな一歩になります。
次回は、お薬の調整が難しくなってきた時の選択肢、**「高度な治療(デバイス補助療法)」**について、誤解を解きながら分かりやすく解説します。
※本記事の参考資料
- 日本神経学会監修『パーキンソン病診療ガイドライン2018』
- Petzinger GM et al. Exercise-enhanced neuroplasticity targeting motor and cognitive circuitry in Parkinson’s disease. Lancet Neurol. 2013.




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