最新エビデンスで紐解く診断・治療・予防

こんにちは、医師の瞳です。

「人生100年時代」と言われる今、私たちの最大の関心事の一つが「脳の健康」ではないでしょうか。特にアルツハイマー型認知症(AD)は、患者数が最も多く、誰もが無関係ではいられないテーマです。

今回は、日進月歩の認知症医療において、今まさに標準となっている知識と、2024〜2025年の最新エビデンスを網羅的にまとめました。少し長くなりますが、大切な情報を詰め込んだので、ぜひ最後までお付き合いください。


1. 脳の中で何が起きているのか?(病態の真実)

アルツハイマー型認知症は、単なる「加齢による物忘れ」ではなく、特定のタンパク質が脳に悪影響を及ぼす「進行性の病気」です。

「脳のゴミ」が溜まるプロセス

脳内では、発症の15〜20年も前から**「アミロイドβ(Aβ)」というタンパク質が沈着し始めます(老人斑)。これが引き金となり、次に「タウ」**というタンパク質が神経細胞内に蓄積し(神経原線維変化)、最終的に神経細胞が壊れて脳が萎縮していきます。

  • エビデンス: Jackらの「バイオマーカー・モデル(Lancet Neurol. 2013)」では、認知機能が低下するはるか前から、脳内の生物学的な変化が先行することが明確に示されています。

2. 診断の最前線:早期発見が「当たり前」の時代へ

以前は「かなり進行してからでないと診断がつかない」と言われていましたが、現在は診断技術が飛躍的に向上しています。

血液一本でリスクがわかる?

これまでは高額なPET検査や痛みを伴う髄液検査が必要でしたが、現在は血液中のアミロイドβやリン酸化タウ(p-tau217など)を測定する技術が確立されつつあります。

  • エビデンス: 2024年に発表された研究(JAMA 2024; 332(6):460-471)では、血液検査によって脳内のアミロイド蓄積を90%以上の精度で予測できることが示されました。これにより、将来的に健康診断のオプションで早期リスクを把握できる可能性が高まっています。

3. 治療薬の歴史的転換点:対症療法から「疾患修飾」へ

これまでの治療と、今注目されている新しい治療の違いを整理しましょう。

① 従来の治療薬(症状を和らげる)

ドネペジル(アリセプト®)などの薬は、神経伝達物質を調整して、残っている神経細胞の働きを活性化させます。これらは進行を止めるものではありませんが、生活の質(QOL)を保つために今も重要な役割を担っています。

② 新しい治療薬(進行そのものを遅らせる)

2023年末に日本でも登場したレカネマブ(レケンビ®)や、それに続くドナネマブは、脳内のアミロイドβを直接取り除く「疾患修飾薬」です。

  • エビデンス: レカネマブの臨床試験(N Engl J Med 2023)では、18ヶ月の投与で症状の悪化を27%抑制しました。これは「時計の針を半年〜7ヶ月ほど巻き戻す、あるいは止める」ような効果に相当すると考えられています。

4. 45%のリスクは自分で変えられる(予防のエビデンス)

「遺伝だから防げない」という考え方は、今や過去のものです。2024年の『Lancet(ランセット)』委員会による最新報告では、認知症リスクの約45%は後天的にコントロール可能であると結論づけられました。

私たちが今すぐ意識すべき14のリスク要因

報告書では、ライフステージごとに取り組むべき項目が挙げられています。

ライフステージ重点を置くべき対策(エビデンスに基づく)
若年期教育の機会(脳の予備能を高める)
中年期難聴の放置(最大の要因)、高血圧、肥満、過度な飲酒、頭部外傷
高齢期喫煙、うつ、社会的孤立、運動不足、糖尿病、大気汚染、視力障害(2024年追加)高LDLコレステロール(2024年追加)
  • ポイント: 特に「難聴」の対策(補聴器の使用など)は、個人ができる認知症予防の中で最も効果が高いものの一つとされています。

5. 心のケア:BPSD(周辺症状)と向き合う

認知症には、記憶障害以外にも「不安」「怒り」「徘徊」などの症状(BPSD)が出ることがあります。これは本人がわざと行っているのではなく、**「脳の混乱による苦しみのサイン」**です。

  • 対応のコツ: 否定したり叱ったりするのではなく、本人の感情に寄り添う「非薬物療法」が第一選択となります。安心できる環境作りや、本人の得意なことを活かした活動が、薬以上に症状を落ち着かせることがエビデンスでも示されています。

結びに代えて

アルツハイマー型認知症は、もはや「なったら終わり」の病気ではありません。

早期に発見し、最新の治療を選択肢に入れ、生活習慣を整えることで、自分らしく過ごせる時間を確実に延ばせる時代になっています。

この記事が、皆さんの、そして皆さんの大切なご家族の「これから」を照らす一助となれば幸いです。


【参考文献・出典】

  1. Livingston G, et al. Dementia prevention, intervention, and care: 2024 report of the Lancet Commission. Lancet. 2024.
  2. van Dyck CH, et al. Lecanemab in Early Alzheimer’s Disease. N Engl J Med. 2023.
  3. Palmqvist S, et al. Blood Biomarkers to Detect Alzheimer Disease in Primary Care and Secondary Care. JAMA. 2024.

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